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最高裁判所第一小法廷 平成9年(オ)601号 判決

上告人

株式会社藤沢医科工業

右代表者代表取締役

小寺真一

右訴訟代理人弁護士

吉ヶ江治道

小山達也

被上告人

米元清

右訴訟代理人弁護士

岡田尚

杉本朗

小川直人

右当事者間の東京高等裁判所平成八年(ネ)第二五一四号地位確認等請求事件について、同裁判所が平成八年一一月二八日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人佐藤利雄、同神崎直樹、同松下勝憲の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小野幹雄 裁判官 高橋久子 裁判官 遠藤光男 裁判官 井嶋一友 裁判官 藤井正雄)

《上告理由》

(平成九年(オ)第六〇一号 上告人 株式会社藤沢医科工業)

上告代理人佐藤利雄、同神崎直樹、同松下勝憲の上告理由

原判決には、審理不尽の違法が存する。

一、原判決は、一審判決の理由に付加して、第三、一、2項において「これはその後の被控訴人の言動に照らせば、控訴人に対し、賃金を含めた待過改善を求める趣旨でなされたものであるというべきであり、これをもって、退職の申出ないし条件付の退職申出と解することはできない。」としている。これは、外見上は一応退職申し出の様な言葉ではあるが、その他の事情、経緯から被上告人の確定的意思に基づく退職申出とは認め難いと言っているものと忖度される。

確かに、その後の被控訴人の言動を通覧し、かつその内心的効果意思を慮ば(ママ)かるという見地からすれば、かような認定も考えられないではないが、しかし本来的に意思表示の解釈においては、外部的に表現された意味内容をまずは中心に考えるべきで、そしてそのなされた時の状況および相手方である上告人会社がこの意思表示によって採った行動、すなわち後任者の募集、後任者との引継行為をなした等のことをも総合的に考慮して確定、認定すべきところである。しかしてこの見地からは、被上告人の一審判決、原判決認定の本件言動に限ってみたとしても、客観的には退職ないし条件付退職の申出と認めるのが、一般的経験則に合致するものであろう。

そうすると、原判決認定の被上告人の言動については、その後の被上告人の言動その他から内心的効果意思との齟齬があったかどうか、すなわち「錯誤」の主張があって、始めてこれが吟味検討されるというのが、要件事実の整理として正しい途であるところ、被上告人からは予備的にも何ら主張されていないのである。その結果、原判決においてはやむなくこれを事実認定という手法で糊塗しているものと言うほかないのである。

二、又、仮りに原判決認定の如く、被上告人の本件言動が確定的意思に基づく退職ないし条件付退職申出と認め難いとしても、前述のとおりこの言葉を信じて採った上告人会社の行動(後任者の募集、引継)からすれば、被上告人の本件言動は、撤回が許されるかどうかを吟味検討するのが公平の見地からの当然の争点整理と言えよう。

上告人は、第一審当時において、被上告人の本件退職ないし条件付退職の意思表示後の言動からして、右撤回の可能性が当然に争点になると考え、予備的に信義則上右撤回が許されない旨の主張をしていたのであるが(〈証拠略〉「今回提出」)、第一審裁判長の「被上告人側は、退職の申し出そのものを否認しているのであるから、当該主張は必要ないでしょう。」との訴訟指揮により、上告人としては争点が退職ないし条件付退職申出の存否に限定されるのであれば、それはそれとして良しと考え、撤回した経緯が存する。率直に言って、本件事件の本筋は確定的意思に基づくものでなかったとしても、この意思表示によって新たなる行為をした上告人会社の立場をも斟酌しての右撤回が許されるかであったと言えよう。

三、そして、敢えて有体に言えば、もう一つの争点は書面(退職願、届)によらない、退職申出の効力であったと思料する。

しかし、被上告人からは一審、原審を通じてこれに関する予備的なものとしても、何らの主張がなかったのである。

四、さらに原判決においては、上告人の(証拠略)の内容の真正に関する証拠調の申出を却下しているが、(証拠略)は書証であり、その内容は被上告人の本人供述の内容と齟齬するものであるところ、少なくともその内容の真正を吟味検討するのが採証法則からも求められているが、原判決は何ら理由も示さずこれを一蹴しているのであって、採証法則に著しく違背している。

五、以上のとおり、原判決は主張の整理について不充分であり、その結果著しく経験則に反する事実認定および採証に関する決定をしており、審理不尽の違法が存し、破棄を免れ得ない。

以上

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